「谷中と、リボンと、ある男」展ご報告と、「リボン&リボン資料内覧会」のお知らせ

 あっという間に昨年の事となってしまいましたが、9月2日(金)〜12日(月)に、当店にて開催された「谷中と、リボンと、ある男」展のご報告をば。
 昨年身損ねた方は、ぜひ今日明日、5月21日(日)、22日(月)に開かれる内覧会にお出かけください。

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 千駄木と谷中の境界の道、旧藍染川の暗渠沿いの谷中側に5つの屋根が連なる「のこぎり屋根」の建物がありました。谷根千工房の山﨑範子さんはじめ「谷中のこ屋根会」のみなさんが、保存のため奔走されましたが、残念ながら2013年に解体。その1年後にのこぎり屋根の裏にあった小屋の解体寸前に救出されたのが、かつてこののこぎり屋根の下で織られたリボン、そして、ヨーロッパから取り寄せたと思われる美しいリボンの見本帳や、染め、織機などの専門的な洋書の類でした。
 のこぎり屋根が元々はリボン工場だった、ということは地域雑誌『谷中根津千駄木』(通称 谷根千)にも証言が残されていますが、その物証が発見されたのです。現在はのこぎり屋根一部のトラス(三角部分の部材)とともに谷中ののこぎり屋根の証として谷中のこ屋根会が保管なさっています。

 時は明治、断髪令が発布され髷を落とした殿方は、心もとない頭に帽子をかぶりはじめます。確かにその頃の写真をみると、和装はそのままでも、頭には帽子をキメていますよね。鎖国の江戸から開国明治、文明開化。西洋からは見たこともないハイカラが一気に押し寄せ、興せ興せ殖産興業の時代が到来したわけです。今のようにスキマを探すのではなくて、何をやっても初めてなのです。うらやましいような時代ですね。殿方の帽子も漏れなく、そして帽子に巻かれているグログランリボンも、それまでの日本にはないものでした。

 話を谷中に戻します。谷中のこ屋根会の山﨑範子さん、権上かおるさん、菊池京子さんが中心となって調査をすすめるうちに、1894年(明治27年)、白木屋の支配人岩橋謹二郎が「岩橋リボン製織所」として、こののこぎり屋根を建てたことが判明しました。ドイツから14台もの巨大な多条式動力織機を輸入して創業したこのリボン工場こそ、どうやら日本で初めてリボンを織った工場ではないかということがわかってきたのです。

 救出された文献・資料の中からは、「S.R.WATANABE」と箔押しされた肉筆ノートが発見されます。渡辺財閥の御曹司である渡辺四郎(1880-1921)のノートだったのです。乱れずに並ぶ几帳面な文字、化学式、機械の仕組図、集められた大量のフランスリボンの見本の蒐集からも、とても研究熱心な人だったことがうかがえます。
 明治の谷中が、100年近くの眠りから覚めて、まるで話しかけてきてくれたみたいではないですか!
 岩橋リボンが買収などにより「東京リボン製織所」「千代田リボン製織」と変遷していくなかで、四郎は千代田リボンの社長を任され、1910年(明治43年)にはリボン研究のため渡仏もしています。リボンの見本や、一部の洋書はこの時に集めてきたものなのでした。
 ちなみに四郎さん、渡辺治右衛門の御曹司でありながら、会社を経営することよりは趣味を極めた面もあり、鉄道に詳しい人々にとっては、一流カメラマン小川一真とともに草創期の日本の鉄道記録写真を残した人として有名なのだそうです。

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 9月の展示は、その四郎さんが遺してくれたこれらの貴重なコレクションのお披露目となりました。
 一見リボン(織物)とは思えないような、アイルランド民謡「夏の名残の薔薇」(日本の唱歌「庭の千草」)の楽譜や歌詞が織り込まれブックマーカー、「ヘンゼルとグレーテル」が織り込まれた写真のように精密な絵柄、きらびやかなエッフェル塔に気球が浮かぶパリ万博を思わせる幅広リボン、などなど、誰もが息を飲んでしまうフランスの美しいリボン見本。
 一方、日本の千代田リボン製と思われる見本帳には、時局がうかがえる旭日旗や戦闘機の柄や、三越の織りネーム、勲章に使われたであろうリボン、帽子のグログランも、変わり織りやモダンな配色バリエーション、愛らしい小花柄など、惜しみない努力と挑戦がうかがえ、いつまでも見飽きません。
 そして原書の専門書は、個人の収集としては日本で最大規模ではないかとのご意見もありました。なかでも緑色の表紙に金天のテレーズ・ドゥ・デイルモンの『DMC手芸百科事典』は注目の的でした。

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 はじめにも書いたようにリボン類、文献類の整理・保管は、現在、谷中のこ屋根会がなさっています。建物の保存運動のはずが思いがけない貴重な資料の出現により、「リボンも織物も機械も全然専門じゃないのよ~」と仰りながら、見本帳を携えては各地の織物産地を訪ね、のこぎり屋根裏の事務所棟の戸棚に眠っていた資料がどれほど貴重なものかをわかりやすく見られるようにしてくださいました。これらのもの、ふつうだったら博物館や資料館のガラスケースの向こうに収まっているものだと思います。それらを、寄付や会発行の冊子類の売上げが多少はあったとしても、高価な保存用の資材の調達、遠方への交通費、修理など持ち出しの方が多く、また資料保存に環境を整えるには、個人レベルでの保管には限界があります。

 9月に当店で展示をさせていただいたのは、資料の全貌が見えてきた時点で、町の方々に貴重な存在、誇れる歴史を知っていただくことと、その保存先を探すことが大きな目的でした。
 保存という名の死蔵ではなく、できるだけこの町に近く、町の人々に身近な存在として保存されることが望ましく、それには、おそらく未踏と思われるリボン=細幅織物(装飾リボンの他に、先ほど挙げたような洋服の首の後ろについている織りネーム、畳の縁、パラシュートのストラップ、カメラフィルムの口のけばけばしたテレンプなどなど、汎用性はとめどなく広がりがありそうです。)の研究を始めてくださる若い人が現れてくれること!が一番です。
 あと、そうです。トラスもあります。こちらも併せて、が会のみなさんの夢ですが、ご近所でトラスだけ、活かします、というのも相談の余地はありそうです。(2017.5.26 年号など一部訂正しました。)

 で、もう一度、5月21日(日)と、22日(月)に、見本帳、文献類の内覧会が開かれます。(トラスはありません。)
 時間帯が限られますので、http://nokoyane.com/archives/586 にてご確認ください。
 また、ご入場にの際は、のこぎり屋根部材、資料、リボンの保存修復協力金(および会場の島薗家住宅維持協力金を含む)として一口 1,000円以上をお願いします。カンパもぜひ。

 資料の一覧PDFはこちらをご覧ください。http://nokoyane.com/yanaka-ribbon/booklist