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高山宏先生より、蔵書を譲り受けました

 
 
 ご自身のツイートをご覧になった方も多いと思いますが、高山宏先生の蔵書を譲り受け、少しずつ放出しています。


 
 
 始まりは、5月2日の開店直後、先生からのお電話でした。お話するのは水族館劇場の2010年公演『NOMAD 恋する虜』以来なので、もうそれだけでびっくりでしたが、その内容たるや!

「じつはほぼ失明状態でねえ。それに電車のなかで突然失神したり。そんなこんなで、もう本は手放すことに決めました。山口昌男には「高山くんも古書の世界に足を踏み入れるべきだ」なんて常々言われてきたど、結局ぼくは新刊だけでやってきただろ、だから古本屋に知り合いがいないんだよ。雑誌や雑本は焼いちまおうかとも思ったけど、やはりそれはできなくてね(笑)。そんなとき、君のことを思い出した。君の店で、有名なストリッパーが踊る横で喋ったときのことをね。とりあえずバン一台分整理したので、近々取りにきてくれませんか。査定をする必要はないよ。すべて差し上げる。お駄賃として、世界に99冊しかないヴェラム装の『神曲』もプレゼントしよう」

 微に入り細に入り、はたまた大いに脱線する先生のお話は1時間半ほど続いたのですが、その間、頭は真っ白。驚きと喜びと畏れ多さがないまぜになったまま、「4日は水族館の打ち上げがあるので、5日に伺います」とお伝えし、受話器を置きました。
「これはぼくの賭けなんだけどね。宮地くんは、本好き7割、商人3割ぐらいじゃないかな? そういう人に託すのがよいと思ってね」という先生の言葉を噛みしめながら。
 
 
 5月5日。店を臨時休業して美華子とお宅に伺うと、玄関からもう本の山。

「階段の両脇に積んであるのが、今日持ち帰ってもらいたい本なんだよ」と言われ、見上げると、頂上にはなにやら祭壇らしきものが設えられており。
「『神曲』はあそこ。さしづめここは地獄だね、ハッハッハ」と呵呵大笑。たしかにダンテを頂戴するにあたってこれ以上の趣向はありませんが、それ以上に、体調が優れないなか、ここまでのことをしてくださる先生の茶目っ気と気遣いに、心の中は滂沱の涙です。「ともかく挿絵が素晴らしくてね」と仰る『神曲』に一刻も早くたどり着くため、さっそく作業を始めました。
 そして数時間後。煉獄を過ぎ、いよいよ天国に差し掛かると、祭壇のように見えたのは、なんと超大判のルオーの『受難』。もう完全に降参であります。古本屋になって20数年、様々なお宅に伺いましたが、このような「歓待」を受けたのはもちろん初めてのこと。ただただ感激しながら、帰路につきました。

 店に戻って、いよいよ『神曲』ご開帳。美しい挿絵に溜息をつきながら、この貴重な本をどのように扱うべきか、しばし相談しました。
「宮地くんの店の看板にしてくれたらいい。ぼくにとっては悪魔祓いのようなものだよ」
先生はこんなふうに仰ってくれましたが、前日には挿絵を一枚ずつじっくり眺め、別れを惜しんだのだそう。できるだけたくさんの人に見ていただく場をつくることが、譲り受けたぼくたちの使命です。かといって棚に無造作に並べ「ご自由にご覧ください」とはいかないわけで、まずは以前お世話になった、本の保存の専門家の方に相談してみることにして、この日は箱に仕舞いました。
 
 
 さて、ここまででも充分凄い一日だったのですが、最後にもうひとつ、驚きが待っていました。仕分けと整理を終え、ビアパブイシイで一杯やっていたときのこと。隣の席の二人連れの男性に「ほうろうさんですよね」と声をかけられました。
「ぼくたち、以前、水族館劇場で舞台を担当していた者です。今日は、鏡野有栖さんが主宰する「心中椿」の公演を鶯谷で観て、その帰りなんです」
いや、びっくりしたのなんの! なぜなら鏡野有栖こそが、古書ほうろうで高山宏と共演した踊り子その人なのですから。 なんという高や魔力! お導きに従い、後日、千秋楽に駆けつけたことは、言うまでもありません。
 
 
 というわけで、高山宏旧蔵書を、古書ほうろうにて、順次放出中です。とくにコーナーなどは設けず、それぞれの本にとって相応しい場所で、他の本と一緒に並んでいます。
「蔵書家の多くは、結局死蔵家でね。その点、荒俣宏は必要なくなった本をちゃんとマーケットに戻すだろ。ぼくは彼のそういうところも尊敬しているんだ」
これは今回先生がたびたび仰っていたことですが、うちで死蔵してしまってはなんにもならないので、すべて店頭に出します。いただいたものなので、その分お値段も安めに。書き込みもそのままに。學魔眷族のみなさまは、ぜひ探してみてください。『神曲』については、さきほどお話したとおり、ご覧いただく準備ができ次第となります。いましばらくお待ちください。