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黒川創『旅する少年』写真展
2022/10/05 - 2022/11/13
Free昨年刊行された黒川創『旅する少年』の写真展を開催中です。
(11/13 (日) まで、会期を延長しました!)
1973年、小学6年生の黒川少年は、同級生に誘われたSLの撮影行をきっかけに、一気に旅へとのめり込んでいきます。春夏冬の長い休みはもちろん、週末も連休もひたすら列車に乗り、平日の授業中でさえ旅の計画で頭がいっぱいの日々。この本は、そんな旅とともにあった中学卒業までの4年間を、使用済みの乗車券や、自ら撮影した大量の写真といった「物的証拠」を手がかりに再現したものです。
黒川さんのお仕事は、これまでもずっと追ってきました。小説、評伝、さらには編集グループ〈SURE〉での座談や聞き書きの数々。多岐にわたる(けれどすべて繋がってもいる)それらの本から、その都度なにかを教わり、好奇心の扉を開いてもらいました。この『旅する少年』にもそんな黒川印はしっかり刻印されていて、今に至る黒川さんのルーツも窺えるわけですが、今回に限ってはまずやってきたのは共感でした。溢れんばかりの共感。なぜなら、自分も中学から高校にかけて、同じような旅を繰り返していたので。
ぼくは黒川さんより7つ歳下なので、実際に旅をしたのは10年ほど後になります。けれど同じように、来る日も来る日も列車に揺られ、駅の待合室や夜行列車や連絡船やユースホステルに泊まり、行く先々で出会った人々の好意に助けられました。鉄道馬鹿だった当時の自分にとって、その10年とは「蒸気機関車は消えてしまったけど、旧型客車とローカル線の廃止には間に合った」でしかなかったのですが、この本を読んであらためて気付かされたのは、この国の暮らしが大きく変わっていった時期に、僅かながらもぎりぎり立ち会えたのだな、ということでした。早暁の山陰線で鮮魚を運ぶカンカン部隊のおばさんたちの姿を思い出しながら、「世界の輪郭がどのようにできているかを、自分の足で出むいていって、確かめたかった」という黒川さんの言葉を噛みしめています。
今回は、この本をより深く味わうための副読本として、1970年代の時刻表やユースホステルのガイドブックも販売しています。最初に書いたように、この本には残された物証を元にした謎ときという趣もあり、たとえば1974年2月16日、黒川少年は出雲市駅発京都行の夜行普通列車に乗ります(翌朝、そのまま小学校へ!)。そのことは残された乗車券から明らかなのですが(口絵にはその写真も)、その一方で2月17日付の福知山線石生駅の入場券が手元にあるのはなぜか? そこで時刻表を紐解くと、その日に限って山陰線の橋梁工事があり福知山線回りだったこと、石生駅の停車時間が長かったことが判明する、という具合。黒川さんが執筆にあたって行ったそうした推理を、一緒に楽しんでいただけたらうれしいです。
最後に。こうしてこの本について書いているうち、自分の大好きなある本のことを思い出し、驚きました。一人の少年の成長の記であること。その背景となる時代と世相が浮かび上がってくること。そして、当時の時刻表と併読することでより楽しめること。そう、宮脇俊三の『時刻表昭和史』と似ているのです! いわゆる「鉄道本」の貌をしていないせいか、まだまだ同好のみなさんに届いていない気もしています。黒川さんのことを知らない鉄道ファンのみなさんにこそ、ぜひ読んでいただきたいです。
(宮地健太郎)