日々録」カテゴリーアーカイブ

1月第4週

1/23
宮地さんと、気になっていた保険料の見直しへ。現状維持で問題なしとのことでひと安心。

1/24
実家行き。日中は陽射しもありさほど寒さを感じなかったので、母と買い物に出たが、スーパーマーケットで会計中に突風が吹き込んできて、外に出たら自転車がすべてなぎ倒されていた。突風が吹き荒れ不穏な空が広がり、いよいよこの世の終わりが来たかのよう。凍えそうになりながら母と帰宅。ほんとうに寒波だ。SNSでは、京都の猛吹雪の様子が投稿されていた。全国的降雪なので降らないだけ助かる。
宮地さんは午後から出張買取り。お客様のお宅で結束中に指先を切ってしまいなかなか血が止まらなかったそう。市場出品の準備もして深夜帰宅。

1/25
先週くらいからしもやけがひどく源一さんに。10年ぶりだった。塗り薬はべとつかないものにしてもらう。飲み薬は、ビタミンEと四物湯。
宮地さんの市場はボーだったそうでしょんぼりしていた。身体はった仕事だったので、、ちょっと気の毒。

1/26
宮地さんは、午前中買い取りに。
まかないに肉豆腐を作る。豚こま、人参、蓮根(先週の買い置き)、舞茸、えのき茸、ゆで筍。
『韓国演劇運動史』訳者の津川泉さんが韓国からのお客様を連れてご来店くださる。お目当てにしてくださっていた『中くらいの友だち』を在庫しておらず申し訳ないことをしてしまった。Twitterをご覧くださっていて、ニコニコ大感謝祭の25%引きは、すごいね、と言ってくださる。

1/27
午前中焙煎。ブラジル カフェ・ヴィーニョ・ロゼと、コロンビア ロサ・アンデスの2種。
今週は冷え込みが厳しくお客様がとても少ない。セール前の買い控えと思うことにする。。
先週取材の際にたまたまご来店くださったご近所さんが、話題になった香月泰男の連載のスクラップを見せてくださった。アトリエにはたくさんの自作人形が吊り下がっているという記事。素朴なお人形、若林奮の自分の子供に作った玩具を思い出した。
(いつもわからなくなる若林奮の「奮」の読みは「いさむ」。)
千駄木の頃、制服を着て通ってくれていた学生さんが、移転してから初めてご来店くださる。千駄木最後の頃にお父様と挨拶に来てくださったのではなかったかな。千駄木で買った植草甚一のスクラップブックが、いまの自分の核になっていると言ってくださり、泣きそうになった。美大に進学なさり、ますます本を買っていますと破顔。バラエティーブックを作る話などを伺う。うれしいなぁ♪

1/28
千駄木のころからのご夫婦がご来店くださった。昨年は病気にもなったんだよ、と仰っていたけど、言われなければいつもと変わらずお元気そう。小坂忠さんの最後のライブに行かれた話、閉店したシャルマンさんが代々受け継がれていることを教えてもらう。
秋田万歳の斎藤ぽんさん(にゃんとこさん)が門付しに来てくださる!初めての門付体験だ。喫茶で珈琲を待ちだった若いお二人連れにもお声がけして、一緒に御江戸万歳で今年一年の繁栄を予祝していただく。不忍池や辯財天も詞章に盛り込んでくださりうれしい。最高だ!この先もなにかお願いできるといいな。
先週から外に聳えていた『新潮世界文学』揃いが売れた。若い方の手に渡り宮地さんがうれしそう。自転車2台で出直してくださり荷台に積んでリュックにも詰めて持ち帰ってくださったそう。
お預かりしているフリーペーパー「うみかじ」発行人のうみさんが辺野古から。River Coffee & Galleryさん、タナカホンヤさんと巡って来てくださる。
ジャングルブックスの田波夫妻が来てくださる。奏平くんの、改め奏平さんの就職先が決まり、すでにアルバイトで通っていることを昨晩DMで教えていただいていた。毎日たのしく通っているそう。狭き門を突破してそういうところに入れてほんとによかった。うれしい。
ブラジルとコロンビアの選別、梱包。
自民党・大家敏志議員(福岡県選挙区)が参院本会議の代表質問で、産休・育休をとりやすくするため、この期間中のリスキリング支援を提案。これを受けた岸田首相が学び直しを後押しすると発言しTwitterのタイムラインは終日大炎上していた。育児を経験なさってきた方たちからしたら育児未経験者の意見だと映るし、未経験の自分からすると、赤ちゃんが生まれたあとの周りの友人たちの様子を思い出せばたとえ未経験でもそんな発想絶対に出てこないと思った。
人を人として見ない、またそれに意見する(止める)者もいない、ずばり自民党の本質を披露してくれたやりとりだったと思う。

1/29
静かめな日曜日。昨日が盛りだくさんだったので余計にそう感じるのかも。
パキラの元気がない。以前、なかなか葉が出てこないので、自宅に持ち帰りベランダに置いたら元気に葉を伸ばしてくれたので、再び店に持ってきたのだが。東大ジャングルからのエネルギーに萎縮してしまうのか。。
やはり以前置いていたハッカは、ミント系だから生命力あるはずなのに一度葉を落としたら元気なく、茎に触れたら容易に抜けてしまい、土を掘り返したら何か虫の幼虫が棲んでいたことがあった。何れにしても自然の力が圧倒的な立地だ。
夜近くなって、宮地さん同級生のFさんご来店。勤めているとそろそろ定年という年齢。この先のことなどの展望を聞く。いよいよ焙煎機を購入したとのことで、とても羨ましい。笑
ご近所さんがご来店。片岡さんの新刊はないのですか?と問われ、片岡さんの本はさすがに新刊書店でたくさん販売されるし、往来堂書店さんにも置かれると思うので、とお返事。
閉店後に、珈琲手引き、ニコニコ大感謝祭の掲示用のチラシなどをミニストップで印刷。

お客さんの引きが強い。笑

1月19日
ご近所の同業仲間がご来店。道祖神の本をお求めくださり、山高登旧蔵であることを宮地さんが説明すると、なんとその日に別件で山高さんの版画のお仕事に触れる機会があったとスマホから写真を見せてくださった。お互いびっくり仰天。

夜は、クルドのおかあさんのオヤのネックレスをご覧になりたいとお電話くださったお客さまがご来店。
なんと、現代美術館のディオール展で隣で観覧してた人がオヤのネックレスを着けていて、知らない人なのに声をかけてしまいそうなくらい惹きつけられてしまったと。途中から展示よりもそのことで頭がいっぱいになるほどでした、と仰っていてうれしくなる。驚くのは、そのネックレスの方がお友達の知り合いで、展覧会の後にご対面できたのだそう。それでうちの店でご購入くださったことがわかり、さっそくご来店くださったそう。その方の引きもすごいし、おかあさんのオヤの力だなぁと。

岸田首相は、早ければ4月下旬から新型コロナを5類引き下げ、感染者、濃厚接触者の外出自粛、マスク着用についても見直すと。もう収集つかないから戦争で全部壊してしまえ的な? 焼け野原になったほうが儲かる人たちいるからな。
新型コロナウイルス等感染症対策推進室と、官邸宛に意見を送付。政府の狂気に時間を奪われる。

1月20日
昔のご近所さんだったご夫妻から取材を受ける。始まった途端に、共通の知り合いというか、うちよりも古いお付き合いであろうご近所さんが千駄木からご来店され、入口で偶然の再会に同窓会状態。たのしい。
夕方は名古屋から重要なお取引先でもあるお客さま。建築資料館の原広司展をご覧になってきたそう。お土産に赤福いただく。福福〜
高橋美香さんのお客さまもあり思いがけずにぎやかな一日となった。

1/21
お客様で歌手の広瀬美句さんが今日はクルドのおかあさんのオヤを求めてご来店さる。ソプラノ歌手の岡村正子さんが着けていらっしゃるのを見て来てくださったそう。まだ店頭に出せていない別注のネックレスもご覧いただいた。あとでツイッターを拝見したら、お手持ちのドレスにあう首飾りをずっと探していらっしゃってぴったりのデザインが見つかったとのこと。ほんとうにぴったりなお色目でびっくり。うれしい。

初めて、こども商品券ご利用くださるお客様が!こども商品券のサイトで本の買えるお店を探してご来店くださったとのこと。お役に立ててうれしい。子どもたちにとって本と出会う機会が少しでも増えますように。

1/22
午前中宮地さんは根津へ出張買取。消防設備点検。
春節。片岡義男さんより『漢聲』が届く。
2021年にTwitterで、小池百合子の右腕と思われる元特別秘書、野田数氏が都の水道事業の関連法人を立ち上げていることに絡め水道局のバンがコロナ感染防止の広報に使われていたことを訝しんだ時にコメントくださった方が気にしてくださっていてご来店くださる。うやむやにしてはいけないこと、と。
新田樹さんが写真展の打ち合わせにご来店。日程が決まる。たのしみ。
今日もこども商品券のお客さまが!今日はご自身で選んでくださった。
閉店後、不忍ブックストリートzoom会議。
そのあとニコニコ大感謝祭Twieer告知をアップ。ドキドキする。

桃山さん納骨と鈴木清写真展

昨年闘病の末、10月18日に旅立たれた水族館劇場の桃山さんのご遺骨が、年明けて15日は一昨年から公演の場となっている羽村の宗禅寺さんへ、16日にはかつての公演の場である駒込大観音光源寺さんへ分骨された。
光源寺さんでのお別れ会(というかお帰りなさい会という心持ち)に参列した。十年ひと昔なら、光源寺での最後の公演は2010年とのことなので、もうひと昔以上だ。当時の役者さんたちは、分裂して劇団を去って行かれた方が多いので、光源寺での舞台に立たれたことのある役者さんはずいぶん少なくなったのだなぁ。久しぶりに高山先生にお目にかかる。飛行機に乗って吊り上げられ芝居をする高山先生の姿はいまでも鮮烈だ。あとでご挨拶をと思ったが先生に近づくことができず叶わず。流浪堂の二見さんとも久しぶりにゆっくり話ができた。

河原者を標榜してきた桃山さんが、河原の石になるのではなく、お芝居をした土地に戻ってきてくれたのはとてもうれしい。

お別れ会の翌日は、六本木・フジフィルム スクエアの鈴木清写真展「天幕の街 MIND GAMES」へ。
桃山さんが敬愛していた写真家で、水族館劇場2014年公演「Ninfa 嘆きの天使」のポスターに写真が使われたぶらんこ乗りのプリントも展示されていた。
いろいろありささくれた心のまま出かけたが、サーカスのクラウンの写真を見た途端に、不思議なくらいにすぅっと凪いだ。
写真を見ていくうちに、桃山さんがここにいるなぁと感じ胸がいっぱいに。
炭鉱の町に生まれたという鈴木清は幼い頃に父親に連れられ一度だけ観た天幕サーカスの情景がずっと心の底にあると書かれていて、自分も同じで、その記憶が水族館劇場への憧憬に繋がっている。
写真集『流れの歌』『天幕の街』もご家族のご厚意で手にとって見せていただくことができた。

本年もよろしくお願い申し上げます。

物忘れが著しいので、ふと祖父の日めくりを思い出して備忘録をつけてみようかと思い立ちました。
新年の思いつきなので、明日にはそのことも忘れてしまうかもしれないですが、とりあえず今週の分を書いてみました。

1/13
まもなく発売される片岡義男さんの『僕は珈琲』を編集者の篠原恒木さんがお持ちくださった。ドキドキしてなかなか開けない。。

夕方、高橋美香さんの新刊『ママとマハ』の入荷が思っていたよりも早く、美香さんが急遽お客様贈呈用のポストカードとプリントをお持ちくださる。追加納品された『パレスチナの ちいさな いとなみ』と合わせてサインも入れていただく。

なんと谷中ぎんざにあったボン・フォトスタジオの鴇田さん、真鍋さんご夫妻が『散歩の達人』の編集長久保さんと一緒にお立ち寄りくださった。何年ぶりか!お二人とも全然変わらない。おもての英多郎寿司さんのお店は、最初の頃はここ(いまのほうろうの場所)にあったんだよ教えていただく。千駄木のクラスティーが閉店しまったことなどをお伝えする。

1/14
今週末、来週末と東大は入試試験。キャンパスが閉鎖され自転車で通れない。
深夜に高橋幸宏さんの訃報。

1/15
Twitterのタイムラインは幸宏さんへの哀悼であふれている。昔の映像などを見入ってしまう。店のBGMは、店頭の「浮気なぼくら」「増殖」、最後に宮地さんが発掘した「イエロー・マジック・オーケストラ」のミュージック・テープも。

昼のまかない、美香さんに教えていただいたオリーブの炊き込みごはんをパレスチナオリーブさんのオリーブ塩漬けで作ってみる。1.5合にふた粒。おいしい。

千駄木の頃からとてもお世話になっているご近所のTさんがパンを差し入れてくださった。偶然が重なるお話など。

近所のお店のご主人が昨年末に亡くなったとお客様に教えていただく。ついこの間買い物した時にいらしたのに。亡くなられた日もお店に立ち、お風呂に入られて亡くなったと。哀しいけれど、そんなふうに終えられたらいいねと宮地さんと話す。

東大襖クラブさん

先日のこと自宅の障子の張り替えをしていただきました。

今の家に越してきて7年、障子紙の劣化もあるのかこのところちょっと当たっただけで、ビリッ、ビリビリ、、と各所が破れ、世情も相まって見るたびに気分が滅入ってくる。

まずい。そろそろ張り替えなければと、子どもの頃の記憶を手繰るも、障子を庭に運んで、たわしを水を浸け桟に残った障子紙を洗い落としたのではなかったか。ベランダでやるわけにもいかないし、1階まで下ろすのもなぁ〜と段取りを考えるも、できる気がしない。

途方に暮れていたある日、「東大襖クラブ」さんの存在を知りました。
しかし折悪く感染防止のための受付見合わせ中、Twitterをフォローさせていただいたうえで時々覗きにいって、再開の報を見つけてようやく依頼にこぎつけました。
こちらで用意するのは、洗面器、新聞紙、雑巾、ゴミ袋、作業台(食卓)。

来てくださったのは農学部のYさん。来年は卒業して獣医さんになられるそうです。

ブルーシートで床を養生すると、さっそく作業開始。
障子を食卓に寝かせ、水を含ませた雑巾で裏側から桟に沿ってなぞっていくと、なんとあっけなくペロンと障子が剥がれるではありませんか!子どもの頃のあの作業はなんだったのか。訊くと新しめの障子は大抵剥がしやすいとのこと。
少し残ってしまった部分はヘラでこそげ取り、桟に刷毛でトントンと糊を置いてから、ロールの障子紙を端に合わせてのせくるくるっと前面に広げて周りの余分を刃を新しくしたカッターで切り落として1枚完成。5枚ありましたので、同じ作業を5回。格子が多かったり組子のような障子は糊を置いていく間に最初のほうの糊が乾いてしまうので大変だけれど、今回は桟が少なく作業しやすいとのこと。ホッ。
紙の種類は事前に選ぶことができて、うちは一番丈夫な「タフトップ」に張り替えていただきました。ちなみにタフトップは、カッター作業がしやすいそうです。和紙ってカッターに引っかかりますものね。

入部一年目はひたすら部室に籠もり張り替え孤独練習を重ね、依頼先にに出かけるのは二年めから。
メンバー男女構成比は、2:1くらいだそうで、大学全体に比べると女性の割合が多いのだとか。
以前は他の大学にも襖クラブ的なサークルがあったそうなのですが、いまも活動しているのは東大だけになってしまったとか、ご卒業後のことなどいろいろお話を伺いながら、10時にスタートして5枚の障子が12時過ぎには出来上がりました。
早い!夢のようです。
料金は、手間賃、紙代、交通費で11,300円+お昼代。
お昼つきというのが本来の条件のようですが、感染防止のため今はお昼代をお渡しします。

というわけでお薦めです。我が家は障子しかありませんが、サークル名のとおり襖の張り替えも頼めます。
創部65年以上の歴史があるそうで(!)、親子代々の依頼や、お寺などからの依頼も多いそうですよ。

東大襖クラブ: https://fusumaclub.com/wp/
Twitter: @fusumaclub

田川可琳さん

不忍ブックストリートを知ってくださってるみなさまへ

一箱古本市を前にとても悲しいお報せが届きました。
不忍ブックストリートの実行委員仲間の田川可琳さんが、2022年3月28日急性心不全で急逝なさったそうです。
実行委員のSlackでは一箱古本市に向けやり取りが増えてきて、田川さんのお返事を待っていたところでした。
28歳だったとのこと、とても残念で、信じられない信じたくない気持ちです。
体調を崩されていたそうなのですが、まさかこんなことになるとは、おそらくご本人もご家族も思われていなかったようです。

田川さんは2017年に「しのばずくんの本の縁日」ではじめて助っ人さんをしてくださって以来、2018年は新しいMAPを配ってくださり、2019年には実行委員募集にお応えくださり、当日は南陀楼綾繁さんとともに「アイソメ」のスタッフとして詰めてくださいました。スタンプラリーをまわってくださった方もたくさんいらっしゃったと思いますが、「不忍ゆく先には本や」の文面は、いくつもの候補のなかからしのばずくんにより選出された、田川さんが考えてくださったものでした。

古書ほうろうにとってもかけがえのない方でした。
最後にお目にかかったのは、昨年9月23日だったと思います。感染拡大で一箱古本市が開催できないなか、7月7日からスタートした「お店で一箱古本市」に田川さんが〈可琳堂〉としてご出店くださった、その搬出の日でした。感染者数急増を受け急遽臨時休業、田川さんの〈可琳堂〉も中断となってしまったのに、営業再開をよろこんでくださいました。
いったん電車の距離にお引っ越しなさってまた歩ける距離に越してこられたあとで、池之端への道順などをお話しました。まだお話の途中のようです。

わたしたち自身もまだ受け止めきれていませんが、田川さんが居てくださったことを言葉にしてご家族にお渡しできたらと考えました。
もしよろしければ、お手紙、カード、メールなど形式は問いませんので、5月15日までに古書ほうろうまでお寄せください。責任を持ってお届けいたします。
(メールの場合は文章をこちらでプリントアウトします。)

 110-0008
 東京都台東区池之端2-1-45 パシフィックパレス池の端104号
 古書ほうろう 03 3824 3388
 koshohoro*gmail.com(*→@)
 営業時間:月火定休/12〜20時

 

初めてお目にかかったのはいつだったか、いつの間にかお客さんとして頻繁に通ってくださるようになっていて言葉を交わしていました。「しのばずくんの本の縁日」のお話をしたところすぐに助っ人さんとして申し込んでくださいました。初めての試みで不安だらけのイベントに、若い田川さんが興味を持ってくださったことがうれしく、背中を押してもらえたような気持ちになれたことを憶えています。
縁日当日は、実行委員店舗のレジ係を担当してくださいました。一緒にレジ番をした時間帯はなんだか暇で、とりとめのない話を聞いてくださったことを少しひんやりしはじめた養源寺さんの境内の空気とともに思い出します。

神保町の書肆ひぐらしさんでのお手伝いのこと、お姉さん、妹さんのお話をするときのキラキラ輝いたお顔、声、吉上恭太さんのサウダージな夜でたのしそうにしていた後ろ姿が忘れられません。
北村太郎『港の人 付単行本未収録詩』はほうろうで買いたいと入荷を待ってくださったり、2019年の当店の移転の際もお手伝いしてくださいました。

とてつもなくチャーミングなできごともありました。その年の秋のこと。
ふいに現れた田川さんが「開店おめでとうございます。」とニコニコ鞄から取り出したのは大きなバターナッツ南瓜でした。珈琲をご注文くださって、席にお持ちすると「ミカコさん、栗、食べますか?」と、今度は大ぶりな栗がふたつ、鞄から出てきたのでした。
マジックを見せられているようなたのしさ、田川さんの思いつきがなんとも可愛らしく、自然が好きなことは会話の端々からうかがえていたけれど、この方はほんとうに森の精か何かではないかしら、と真剣に考えたものでした。

〝入り口にホワイトボードがかけてあって、「今日入荷した本」と「昨日売れた本」が書いてあるのが好きだった。店とお客との間に循環する流れがあることが分かる。〟
こちらは2020年、経堂の大河堂書店さんの閉店を知った際の田川さんのツイートです。
影響を受けたわたしはさっそく黒板をひっぱり出してきて店先に入荷情報を出すようになりました。そのことはお伝えできたのだったか。

書道家でもあり文字への深い思いをお持ちだった田川さん。ある晩夏のツイッターには、公園の広場で地面に水を含ませた筆で文字を書いている姿がありました。

古書店ギャラリーにお勤めのときは作家さんに寄り添い、アニメーション関係の仕事に就かれてからは、やはりかけがえのない存在として本づくりなど丁寧な作業を重ね大きなプロジェクトにも携わっていらしたことを今回のことで知りました。

まっすぐで、好奇心いっぱいで、細やかさと大胆さを併せ持っていて、義侠心にあふれさりげなく人を応援することができる気遣いの人。歳を知れば娘のような年齢だったのに近くから遠くからいつも励ましてくださっていました。
これからどんな翼をのばし、どんなふうに羽ばたかれるのだろうと、夢を感じさせてくれる存在でもありました。

田川さんのお気持ちに自分たちはお応えできていたのか。
もっとお話を聞かせてほしかったですし、とても感謝はお伝えしきれていません。ただただ寂しいです。

田川さんがイベントなどでお付き合いのあった平井の本棚さんから、たまたまこの時期にお店での古本市にお誘いいただいていて、わたしたちの知らないところでの田川さんのご活躍を教えていただき、語り合う機会を与えていただいたことに救われています。いまとなっては田川さんが引き合わせてくださったようにも思えてきます。

広く青い空、真っ白な雲に思う存分文字を書いてください。
どうか安らかに。いつかまたお目にかかれますように。

クルディスタンを描いた児童書 ジャミル・シェイクリーの2冊 メモ

ぼくの小さな村 ぼくの大すきな人たち
ジャミル・シェイクリー 著/アンドレ・ソリー 絵
野坂悦子 訳
1998年 くもん出版

 
いちじくの木がたおれ ぼくの村が消えた
ジャミル・シェイクリー 著/津田櫓冬 絵
野坂悦子 訳
2001年 梨の木舎

イラク北部のクルディスタン出身ジャミル・シェイクリーによる作品です。
『ぼくの小さな村 ぼくの大すきな人たち』では穏やかな村の暮らしが、『いちじくの木がたおれ ぼくの村が消えた』では侵略により生活が破壊され捕虜となる母と子が、どちらも少年の目を通して語られており、クルディスタンの「光」と「闇」、対をなす二作。
『いちじくの木がたおれ ぼくの村が消えた』には、新藤悦子、きどのりこによる解説のほかクルド関連年表が収録されている。