水族館劇場を観るようになって、何年になるだろう。
自転車で通り過ぎるいつもの風景、近所のお寺の境内に、ある日突然巨大で異様なあばら建造物が出現した。日に晒され色褪せはためく幟には水族館劇場。足を踏み入れたら最後戻ってこられない異界への入口のようで、テントの隙間から漏れる光をたよりに中の様子をうかがうのが精一杯だった。家に戻り、きっとうわ言のように興奮をぶつけ、宮地を引き連れもう一度様子を伺いに行ったはず。けれどその年は結局、数日の逡巡のうちにすべてが忽然と消えてしまった。幻だったのではあるまいか。時が経ち夢か現かわからなくなったころ、再びあれが建った。夢ではなかった。
ポスターにぶら下げられたチラシを一枚ちぎり、電話をかけると、訝しげなようすで受け応えしてくださったのは、いま思えば看板女優、千代次さんでした。近所で古本屋をしている者で(怪しい者ではありません)どうかチラシを配布させてください。そうして初めて観たのが、駒込大観音光源寺に来るようになって2年目、特設野外劇場 〈水の天地〉での公演、『パラダイスロスト 懐かしい夢』でした。
ふだんはあまり演劇に縁のない生活をしてるのですが、以来、水族館劇場だけはなぜかそわそわ、いそいそと、北九州や博多にも出かけて行きました。
大掛かりな野外劇場は、役者自ら裏方となりゼロから建て込みはじめます。公演の間は(準備期間も含め)、役者のみなさんほとんどが生活のための仕事を休んでいるはずです。なので公演は年に一度。それが今年は4月の花園神社に続き、横浜トリエンナーレからの導きがあり、9月にも公演をすることになったのです。水族館劇場はこの大掛かりな野外劇場の他に、原点である路上芝居、年末年始の寄せ場での「さすらい姉妹」も続けており、9月の公演場所は、さすらい姉妹が毎年やる寄せ場のひとつ、横浜の寿町。しかも福祉会館の建て替えで、今だけぽっかり空き地が広がっている、ときたら、それはもう、どんなに無理をしても、生活をうっちゃってでもやるしかないのですね。
今年、わたしは花園神社の芝居を観て、「なんだろう、なんなのだろう、この凄みは。この美しさは!」と、改めて激しく圧倒されました。
費用対効果という言葉に肩を叩かれ、利益率の高さばかりを求められ、無駄の排除、効率優先が当たりまえの流れに翻弄され、大きな夢も見ず穏便に小さくまとまるか、あるいはすがる藁をも見いだせず渦に巻き込まれ日々あちこちで心が壊れていくこの国で、数日限りの運命の芝居小屋に、ただただ観客を驚かせるため、とてつもないリスクを負い、手作業で一本一本単管パイプをボルトで繋ぎ、どこまでも自らの美意識にこだわり、言葉を紡ぎ、人力で舞台を回転させ、膨大な水を操り、壊す瞬間まで創り続ける水族館劇場とはいったい…。
首都圏ではまずこの先難しいであろう「広大な敷地」を得た水族館劇場は、まさに水を得た魚。ぴちぴちと、横浜トリアンナーレという池からも飛び出したかのごとく、《るなぱあく》を造りはじめました。そこには、会田誠「芸術公民館」、鬼海弘雄「人間の海 肖像写真展」、岡本光博「DADAモレ」「ドザエもん」、津田三郎「鐡ノ梦」、パネル展示東京大学大学院表象文化論研究室「蜂起/野戦攻城@寿町」が着々とその姿を現しつつあり、そのほか、お化け屋敷、まわらない回転木馬、写真誌のいない写真館の廃墟遊園地が、本丸となる野外劇場もそれらアトラクションのひとつとして存在させるような壮大な構想のもと、《るなぱあく》は、トンテンカン、トンテンカンと、造られ続けるのです。(壮大すぎてなかなか把握できません。笑)
芝居公演日以外にも、隙間を埋めるように演目が目白押しで、すでに終えたものもありますが、これからのものだけでも追いきれないほど!
安田登+玉川奈々福「怪談 暗闇の夢語り」、座談会「黄金時代のエロ本水滸伝」鈴木義昭+本橋信宏+東良美季+伊藤裕作、講演「江戸時代のからくり」田中優子、座談会「芝居・寄せ場・抵抗」翠羅臼+鹿児島正明+高沢幸男+荒木剛 司会:桃山邑、講演 田中純「歴史の地震計から蜂起/野戦攻城へ」、「港のバーバー」、映像制作集団 空族「サウダーヂ」「FURUSATO2009」の上映会などなど。(チェック漏れがあったらごめんなさい!)
http://www.suizokukangekijou-yokohama2017.com/
そしてそうです!古本街も現れるのです。古書 赤いドリル、古本遊戯 流浪堂、古書 信天翁、中島古書店、古書サンカクヤマのみなさまと共に古書ほうろうもささやかながら出店させていただきます。桃山邑 編『水族館劇場のほうへ』の版元であり、社長自ら役者として舞台に立つ羽鳥書店は、新刊書を販売します。
(9.2 追記)8月26日に出店していた丸三文庫、古本や雑貨 尾花屋、たけうま書房のみなさまも引き続きご出店なさってます!
ひとつイベントを打つだけでも大変なことなのに、酷暑のなか日陰すらない空き地に野外劇場を建て、これでもか、これでもかと、楽園を創らんとする水族館劇場。
なんだかまったく意味がわかんないよ、という初めての方も、今年はもう花園神社で観たわよ、という方も、このとてつもないスケールの、儚さを背負った一大娯楽の殿堂を見届けず死んだらきっと後悔します。つかの間でも夢を見させてくれる、こんな桁外れの行いがいつまでもあり続けられる世の中であって欲しいという切実な願いもあります。
どうぞお誘い合わせのうえ、お出かけください。小さな子には小さな子にしか見えない何か、日常にないこの光景はきっとずっと残るはず。
当店でも期日指定前売り券(4,500円)を販売中です。各公演の前日まで販売いたしますが、前売り状況によっては札止めの可能性もございます。チケット代は全額水族館劇場に渡りますので、日にちの決まっている方は、札止めになる前に、お近くの販売所へお急ぎください。(一番下のリンク先・お出かけ前に電話確認していただいた方が確実です。)
そんな水族館劇場のためなら一肌脱いじゃうよ、というあなた!クラウドファンディングは、8月31日が締め切りです! https://motion-gallery.net/projects/suizokukangekijou2017
いよいよ9月1日(金)開幕です。
水族館劇場「もうひとつの この丗のような夢 寿町最終未完成版」。
2017年 9月 1㊎, 2㊏, 3㊐, 4㊊, 5㊋ 13㊌, 14㊍, 15㊎, 16㊏, 17㊐
http://suizokukangekijou.com/information/