昨年開催した「長田衛の仕事 マルコムXと急進的黒人解放運動」の資料一式は、シカゴ在住のブラック・アーティスト、シアスター・ゲイツさんに引き取っていただきました。森美術館での「アフロ民藝」展のため来日していたゲイツさんが、当店での展示をご覧になったうえでオファーをくださり、その熱意とビジョンと人柄に、持ち主である石谷春日さんもぼくたちも揺さぶられ、託することを決めました。
ゲイツさんは地元のシカゴにおいては地域再生にも関わってらして、そこでは閉店した書店やレコード店の大量の在庫を引き取ると共に、それらを解体された建物の再生や資材の再利用と組み合わせるような試みもされています。また、自らが陶芸を学んだ常滑においては、一人の陶芸家が遺した約2万点の焼き物を引き取り、ご自身の個展に丸ごと組み入れたりもされています。黒人家庭には必ずあった『エボニー』や『ジェット』の版元が事業を停止した際は、富裕黒人層が見て見ぬふりをするなか一人手を差し伸べ、残された出版物をすべて買い取ったりもされています。「アフロ民藝」展でそうした姿を知り、「この人なら、長田さんが遺された資料も大切に活用してくれるに違いない」と確信を持ちました。資料がアメリカに渡ってしまうことだけは懸念材料だったのですが、「黒人の歴史や文化を伝えるための施設を日本に作りたいと考えている。この資料も将来的にはそこに収め、日本の人たち見てもらえるようにするつもりだ」という構想を伺い、心配は吹き飛びました。
ただそれはまだ先の話になりそうで、お譲りした資料は、現在いったんすべてロンドンに渡っています。2月7日から当地のギャラリー White Cube Bermondsey で始まったゲイツさんの個展で大々的に展示されているのです。
「1965: Malcolm in Winter: A Translation Exercise」
ギャラリーのサイトでも詳しく説明されていますが、今回の個展は長田衛資料と石谷春日さんとの出会いに触発されたもの。会場では、資料譲渡後に行われた石谷さんへのロングインタビュー映像も流されており、自分の企画がきっかけとなり、ロンドンの人たちが長田さんと石谷さんを発見しているというそのことに、驚きと感銘を受けています。そして、古本屋は夢のある仕事だなと、あらためてつくづくと。
このような「奇跡」が起こるにあたっては、たくさんの方のお力添えがありました。
まず、ゲイツさんとの縁を取り持ってくださった、ライターの森聖加さんと音楽評論家の藤田正さん。展示最終日にみえたお二人が「これはゲイツさんに見てもらうべきだ」とすぐに連絡をとってくださったおかげで、撤収間際の翌々日定休日、ぎりぎりでご覧いただくことができました。「明日なら、シアスターさん、お店に来られるそうです!」という電話を森さんから受けたのは、丸木美術館で阿波根昌鴻展を観ているときだったのですが、そのことも虐げられた人々に常に寄り添ってこられた石谷さんを象徴するようでした。
また、お客さまの内藤みずえさんにも心を砕いていただきました。お父さまである写真家の内藤正敏さんが、「アフロ民藝」展のキュレーター・徳山拓一さんと以前お仕事をされており、その縁で早い段階から打診してくださっていたのです。徳山さんはゲイツさん来店の際も通訳をしてくださり、おかげでお互いの気持ちをきちんと共有することができました。
さらに、会期中さまざまな方からいただいたアドバイスにも大変勇気づけられました。「この資料を散逸させてはいけない」というみなさんの熱こそが、最終的にゲイツさんと引き合わせてくださったのだと思っています。本当にありがとうございました。
そして、企画段階からさまざまなかたちで協力してくださった根津映画倶楽部の島啓一さん、憲法を考える映画の会の船野公子さん、門村充明さんにも、あらためて心からの感謝を。石谷さんも含めたこのチームなしでは、この展示はとても実現しませんでした。
実際にお目にかかったゲイツさんは、温かい人柄のなかに強い信念を感じさせる人で、その風貌も相まって、同じシカゴ生まれのカーティス・メイフィールドを思い起こさずにはいられませんでした。そのことをご本人に伝えたらにっこり微笑んでくださって、それもとてもうれしくて。展示期間中、最もよくかけたレコードの一枚はカーティスの『There’s No Place Like America Today』だったのですから。
(撮影:森聖加)
追記
ロンドンでの展示に至る経緯と意図について、森聖加さんによる報告が公開されました。ぜひご一読ください。
https://www.artagenda.jp/feature/news/20250219
最後に一つ大切なお知らせを! マルコムX暗殺からちょうど60年となる来る2月21日、藤田正さんの企画で、石谷春日さんのお話を聞く会が開催されます。石谷さんのお話は、昨年の展示の際のスライド上映会でも伺いましたが、暗殺現場に居合わせたことだけでなく、あの時代の空気がダイレクトに伝わってくる貴重なものです。しかも聞き手の藤田さんは、かつて日本で唯一のマルコムX展を企画された方(ミュージック・マガジンの編集者時代には、長田さんと原稿のやり取りをされたことも!)。他の人では聞き出せないようなエピソードを、きっと引き出してくださるはずです。ぜひお運びください。
暗殺から60年、生誕100年!
マルコムX &ブラック・パワー
日時 2月21日 (金) 19時開場/20時開演
会場 晴れたら空に豆まいて
出演 石谷春日 藤田正
DJ ズートスーツ・ジョーンズ