日々録」カテゴリーアーカイブ

宮里千里 録音『久高島 イザイホー』と宮里綾羽 著『本日の栄町市場と、旅する小書店』

 年末に大竹昭子さんから、ほうろうに合うと思うのよ〜と、音源集CD『琉球弧の祭祀 久高島 イザイホー』を戴きました。

 イザイホーとは、沖縄の久高島で、12年に一度行われる神職の任命式で、神事の多い久高島でも最大規模の祭祀ですが、経験者の高齢化や生活の変化に伴い、録音されたこの音源の1978年のイザイホーが、今となっては最後の開催となってしまっています。
 「エーファイ、エーファイ」という女たちの祈りのことばが、一直線に魂に飛び込んできて、知らず知らずのうちに凝り固まっていた身体が細胞レベルで一気に解放され、鳥肌が立ちました。

 さっそく大竹さんにお礼のメールをお送りしたところから話がとんとん拍子にすすみ、イザイホーの録音をした宮里千里さんと大竹昭子さんのお話会を、6月14日に古書ほうろうで開くことになりました。→宮里千里と大竹昭子のアッチャーアッチャーじゃらんじゃらん

 そんな流れから、1月に入ってからは、耳から『イザイホー』、目からは宮里千里さんのお店〈宮里小書店〉副店長・宮里綾羽さんが書かれ、ボーダーインクかr出たばかりの『本日の栄町市場と、旅する小書店』をお弁当のおともに読んで、夜は千里さんの『アコークロー』(ボーダーインク)、こちらは版元品切れのためネットで探して、那覇のちはや書房さんから送っていただいて読んでいます。

 そして『本日の栄町市場と、旅する小書店』は、名残惜しくも本日読了しました。
 読みながら同じく古書店を営む自らの日々を振り返るわけですが、この20年、買い物の仕方をはじめとする、生活スタイル、店の業務内容、いろいろが様変わりしました。ちょっと便利が行き過ぎたかなーと思います。遠くの人とは(錯覚も含め)近くなったけど、近くの人とは遠くなる、というか、意識してないと目の前にお客さんがいるのに、ネットの注文の返信や、何かを発信するのに夢中になっていたり、ねじれた日常が当たり前になりました。
 この本には、古書店の経営やノウハウではなくて、常連さんや、お客さんと綾羽さんとのやりとり、超至近距離のお向かいさんとの日常、市場のほかのお店の店主さんたち、それぞれ生きざま、人生がとても温かな視線で描かれています。ひとつひとつのエピソードが愛おしくて愛おしくて、あぁ、気をつけないとこういう大切なひとつひとつを失ってしまうなぁと。一年の初めに、とても大事なヒントが詰まっている本に出会えたなぁと思いました。
 そして本の構成も素晴らしく、後半の、父・宮里千里さんの『アコークロー』への反撃(笑)からはじまる、アコークローではまだ小学生だった綾羽さんが、ひとまわりして、親への感謝や、きっと心の中の一番大事なものを語ってゆく流れは、いま書きながら思い出して泣いてしまう。
 一編、一編は短くてとても読みやすい分量でいて、なんかもっとたくさんの文章を読んだような読後感は、綾羽さんの文章の素晴らしさだと思います。

 CD『琉球弧の祭祀 久高島 イザイホー』(2,000円+税)とともに、宮里綾羽著『本日の栄町市場と、旅する小書店』(1,600円+税)、そしてボーダーインクの新城和博さんが書かれた『ぼくの〈那覇まち〉放浪記』(1,600円+税)お取り扱いしています!

トークイベントに行ってきた!


 近所の往来堂書店がトークイベントを開催するようになりました。本日はその2回目、「南陀楼綾繁と金井真紀がえらぶ人人本フェア」に合わせてのトークでした。
 客としてトークベントに行くのはいつ以来かしら。いやぁたのしみましたー!

 昨年末にビレッジプレスから『編む人』を出した南陀楼綾繁さんと、『パリのすてきなおじさん』(柏書房)が3刷り目に入った金井真紀さん(隣で羨むナンダロウさん)、インタビュアー同士の対談とあって、聴き慣れたナンダロウさんのトークのリズムが、金井さんの切り返し質問によって、違うリズムに変化したりして、とても新鮮でした。
 お二人がそれぞれに聞き手の仕事をしてきて培ってきたもの、臨場感を出すための書き方、つきなみを恐れない、ひとつめの質問、などなど、興味の尽きないお話でした。
 紙面に掲載するためのインタビュー、ライブでのトークイベント、それぞれに難しさがあると思いますが、トークイベントでは聞き手として構成を考えつつ、逸れ行く話を操縦しつつ(ときに流れに身を委ね)、時間枠を気にしつつ、お客さんをたのしませるショーにするというのは、瞬間瞬間の臨機応変な対応が求められることで、なんというか反射神経や運動能力のようなものも必要な技、でもわざとらしさが透けて見えてしまうとお客さんは敏感に反応するだろうし…。眼の前で繰り広げられるトークを見ながら、そんなことをやってのけてるお二人はすごいなぁと、吹き出しながら、大いに感心しました。

 人人本フェアは、往来堂書店、入り口正面で展開中です。石川桂郎『俳人風狂列伝』、宮田昇『新編 戦後翻訳風雲録』、今夜急遽リスト入りした、吉岡逸夫『夜の放浪記』(水族館劇場も載ってる!)、野村進『解放老人』、石田千『唄めぐり』などなど、そそられます。〝この世界にはいろんなひとがいるなぁ、と思わせてくれる本が好きです。(フェア冊子より)〟な本モリモリです! 

明けましておめでとうございます。

みなさまはどのような新年を迎えられたでしょうか。

わたしたちは双方の両親といつもと変わらぬ穏やかなお正月を過ごしました。偶然にもそれぞれの親の生い立ち、来し方をじっくり聞く機会に恵まれました。50年間も子でありながら初めての話も飛び出しまして、なかなかエキサイティングなひとときでした。

さて今年、古書ほうろうは20周年を迎えます。

自分たちの店というより番人という方がしっくりくるようなところもあって、ここまで続いてきたのは、本を買ってくださったり売ってくださるお客さま、マンションにお住いの方々はじめご近所さん、町会の方々、不忍ブックストリートのお店のみなさん、不忍実行委員のみなさん、一箱や縁日に参加してくださったみなさん、谷根千工房のみなさん、北海道から沖縄までご縁の出来た古本屋の主のみなさんほか大勢の方々、これまでイベントに出演してくださったみなさん、カタリココのみなさん、サウダージな夜のみなさん、取り引きしてくださる版元さん、作家さん、税理士さん、ほおずき千成り市の皆さん、水族館劇場、離れてしまった友人たち、駄話で飲める友人たち、親弟妹、世界中の思いがけないところからやってきてくださる旅人たち、インターネットの画面の向こうから本を買ってくださるお客さま、配達員さんたち、大家さん、不動産屋さん、銀行さん、バイト先でお世話になった方々(順不同です)ほか、天文学的にたくさんの方々が関わってくださり、店を育ててくださった結果だとつくづく思います。

あらためまして、ここまでご縁のあったすべてのみなさまに心より感謝申し上げます。ありがとうございます。

20年経ってみて思うのは、一番身に覚えのあるところでは自らの身体の変化(老化ともいう)にはじまり、とりまく環境の変化、お客様も日々変化の中に生きているわけで、個々は更に大きな世の中のうねりの中にあって、同じ日は一度としてないのだということ。

実感としては、仮に何かこのやり方がいいのかも、ということがあったとしても、それが長く続くことはなく、うねりは常に更新を求め、結果、いつまでたっても自分たちは右往左往しているだけだった、という気がします。きっとこの先も、このグローバルな流通に身を置く以上そうなのだと思います。そんなふうに書くと夢がないみたいですがそんなことはありません。

気をつけたいのは齢をとると頑固になりますから、自分たちの石頭で古書ほうろうを縛りつけてしまわないように、ということ。

買う買わないに関わらず、店を出るときに、お客さまの中でほんの僅かでも何か変化が生じているような場に古書ほうろうがなったらいいなぁと思います。そのために柔軟な頭の番人であり続けたいです。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

古書ほうろう
宮地健太郎・美華子

やっと天井が張り替え工事完了!

4月の漏水以来やっと天井の張替え工事が行われました。併せて昨年9月の漏水のままにしていた帳場付近の天井も塞いでいただきました。
さらに大工さんにお願いして、100Wの長い蛍光灯用の古い器具を撤去し、チリに移住した知人から譲り受けていたダクトレールも数年来ようやく日の目を見られることとなりました。
縁日の屋台のようなすずらん電球もはずされて、奧っ側だけですが、だいぶスッキリしました。

水族館劇場、横浜寿町興行いよいよです!

 水族館劇場を観るようになって、何年になるだろう。
 自転車で通り過ぎるいつもの風景、近所のお寺の境内に、ある日突然巨大で異様なあばら建造物が出現した。日に晒され色褪せはためく幟には水族館劇場。足を踏み入れたら最後戻ってこられない異界への入口のようで、テントの隙間から漏れる光をたよりに中の様子をうかがうのが精一杯だった。家に戻り、きっとうわ言のように興奮をぶつけ、宮地を引き連れもう一度様子を伺いに行ったはず。けれどその年は結局、数日の逡巡のうちにすべてが忽然と消えてしまった。幻だったのではあるまいか。時が経ち夢か現かわからなくなったころ、再びあれが建った。夢ではなかった。

 ポスターにぶら下げられたチラシを一枚ちぎり、電話をかけると、訝しげなようすで受け応えしてくださったのは、いま思えば看板女優、千代次さんでした。近所で古本屋をしている者で(怪しい者ではありません)どうかチラシを配布させてください。そうして初めて観たのが、駒込大観音光源寺に来るようになって2年目、特設野外劇場 〈水の天地〉での公演、『パラダイスロスト 懐かしい夢』でした。
 ふだんはあまり演劇に縁のない生活をしてるのですが、以来、水族館劇場だけはなぜかそわそわ、いそいそと、北九州や博多にも出かけて行きました。

 大掛かりな野外劇場は、役者自ら裏方となりゼロから建て込みはじめます。公演の間は(準備期間も含め)、役者のみなさんほとんどが生活のための仕事を休んでいるはずです。なので公演は年に一度。それが今年は4月の花園神社に続き、横浜トリエンナーレからの導きがあり、9月にも公演をすることになったのです。水族館劇場はこの大掛かりな野外劇場の他に、原点である路上芝居、年末年始の寄せ場での「さすらい姉妹」も続けており、9月の公演場所は、さすらい姉妹が毎年やる寄せ場のひとつ、横浜の寿町。しかも福祉会館の建て替えで、今だけぽっかり空き地が広がっている、ときたら、それはもう、どんなに無理をしても、生活をうっちゃってでもやるしかないのですね。

 今年、わたしは花園神社の芝居を観て、「なんだろう、なんなのだろう、この凄みは。この美しさは!」と、改めて激しく圧倒されました。

 費用対効果という言葉に肩を叩かれ、利益率の高さばかりを求められ、無駄の排除、効率優先が当たりまえの流れに翻弄され、大きな夢も見ず穏便に小さくまとまるか、あるいはすがる藁をも見いだせず渦に巻き込まれ日々あちこちで心が壊れていくこの国で、数日限りの運命の芝居小屋に、ただただ観客を驚かせるため、とてつもないリスクを負い、手作業で一本一本単管パイプをボルトで繋ぎ、どこまでも自らの美意識にこだわり、言葉を紡ぎ、人力で舞台を回転させ、膨大な水を操り、壊す瞬間まで創り続ける水族館劇場とはいったい…。

 首都圏ではまずこの先難しいであろう「広大な敷地」を得た水族館劇場は、まさに水を得た魚。ぴちぴちと、横浜トリアンナーレという池からも飛び出したかのごとく、《るなぱあく》を造りはじめました。そこには、会田誠「芸術公民館」、鬼海弘雄「人間の海 肖像写真展」、岡本光博「DADAモレ」「ドザエもん」、津田三郎「鐡ノ梦」、パネル展示東京大学大学院表象文化論研究室「蜂起/野戦攻城@寿町」が着々とその姿を現しつつあり、そのほか、お化け屋敷、まわらない回転木馬、写真誌のいない写真館の廃墟遊園地が、本丸となる野外劇場もそれらアトラクションのひとつとして存在させるような壮大な構想のもと、《るなぱあく》は、トンテンカン、トンテンカンと、造られ続けるのです。(壮大すぎてなかなか把握できません。笑)

 芝居公演日以外にも、隙間を埋めるように演目が目白押しで、すでに終えたものもありますが、これからのものだけでも追いきれないほど!
 安田登+玉川奈々福「怪談 暗闇の夢語り」、座談会「黄金時代のエロ本水滸伝」鈴木義昭+本橋信宏+東良美季+伊藤裕作、講演「江戸時代のからくり」田中優子、座談会「芝居・寄せ場・抵抗」翠羅臼+鹿児島正明+高沢幸男+荒木剛 司会:桃山邑、講演 田中純「歴史の地震計から蜂起/野戦攻城へ」、「港のバーバー」、​映像制作集団 空族「サウダーヂ」「FURUSATO2009」の上映会などなど。(チェック漏れがあったらごめんなさい!) 
http://www.suizokukangekijou-yokohama2017.com/

 そしてそうです!古本街も現れるのです。古書 赤いドリル古本遊戯 流浪堂古書 信天翁中島古書店古書サンカクヤマのみなさまと共に古書ほうろうもささやかながら出店させていただきます。桃山邑 編『水族館劇場のほうへ』の版元であり、社長自ら役者として舞台に立つ羽鳥書店は、新刊書を販売します。
(9.2 追記)8月26日に出店していた丸三文庫古本や雑貨 尾花屋たけうま書房のみなさまも引き続きご出店なさってます!

 ひとつイベントを打つだけでも大変なことなのに、酷暑のなか日陰すらない空き地に野外劇場を建て、これでもか、これでもかと、楽園を創らんとする水族館劇場。

 なんだかまったく意味がわかんないよ、という初めての方も、今年はもう花園神社で観たわよ、という方も、このとてつもないスケールの、儚さを背負った一大娯楽の殿堂を見届けず死んだらきっと後悔します。つかの間でも夢を見させてくれる、こんな桁外れの行いがいつまでもあり続けられる世の中であって欲しいという切実な願いもあります。
 どうぞお誘い合わせのうえ、お出かけください。小さな子には小さな子にしか見えない何か、日常にないこの光景はきっとずっと残るはず。

 当店でも期日指定前売り券(4,500円)を販売中です。各公演の前日まで販売いたしますが、前売り状況によっては札止めの可能性もございます。チケット代は全額水族館劇場に渡りますので、日にちの決まっている方は、札止めになる前に、お近くの販売所へお急ぎください。(一番下のリンク先・お出かけ前に電話確認していただいた方が確実です。)

 そんな水族館劇場のためなら一肌脱いじゃうよ、というあなた!クラウドファンディングは、8月31日が締め切りです! https://motion-gallery.net/projects/suizokukangekijou2017
 
 いよいよ9月1日(金)開幕です。
水族館劇場「もうひとつの この丗のような夢 寿町最終未完成版」。
2017年 9月 1㊎, 2㊏, 3㊐, 4㊊, 5㊋  13㊌, 14㊍, 15㊎, 16㊏, 17㊐
http://suizokukangekijou.com/information/

〜古書ほうろう本じゃないものシリーズ・陳列棚〜

ひな段式の陳列棚1台 1,500円
おかげさまで2台とも次の持ち主のもとへ旅立ちました。
情報拡散などご協力ありがとうございました。

【サイズ】
W 1015mm
H 935mm
D 580mm

細かいサイズは、上の画像をご覧ください。別角度の写真は一番下のスライドショーがございます。
棚板が歪んだり、斜めに見える部分がありますが、写真の腕の問題で実物に歪みはありません。
(経年のキズはございます)

花屋をしていた友人から十数年前に譲り受け、
ウインドウディスプレイ→大判の飾り棚→絵本の棚と活躍してくれましたが、絵本の本棚を新しくしたため、こちらは手放すことにしました。
側板がフラッシュ構造のため、本体は女性でもひっくり返せる程度の重さです。
1〜2年前にプラスチックのキャスターから旋回式の頑丈なハンマーキャスターに交換(前側ストッパー付き×2/奥側ストッパーなし×2)し、絵本をたくさん載せていましたが、楽に移動させることができました。

お役立て戴けたらありがたいです。現物をご覧いただいてご検討いただければと思います。
条件は、自力で運べる方。もしくは近郊の方でご希望があれば、別途運送費をご負担いただくことになりますが、赤帽さんをご紹介いたします。

大きなものなので、新しくお店をはじめる方にいいかもしれません。もしも周りに什器をお探しの方がいらっしゃいましたら、まずはお気軽にご覧ください、とお声がけいただいたらうれしいです。どうぞよろしくお願いいたします!

古書ほうろう営業時間
12〜23時(日・祝〜20時)・水休
イベント開催日はご対応できなくなりますので、こちらでご確認ください。

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「谷中と、リボンと、ある男」展ご報告と、「リボン&リボン資料内覧会」のお知らせ

 あっという間に昨年の事となってしまいましたが、9月2日(金)〜12日(月)に、当店にて開催された「谷中と、リボンと、ある男」展のご報告をば。
 昨年身損ねた方は、ぜひ今日明日、5月21日(日)、22日(月)に開かれる内覧会にお出かけください。

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 千駄木と谷中の境界の道、旧藍染川の暗渠沿いの谷中側に5つの屋根が連なる「のこぎり屋根」の建物がありました。谷根千工房の山﨑範子さんはじめ「谷中のこ屋根会」のみなさんが、保存のため奔走されましたが、残念ながら2013年に解体。その1年後にのこぎり屋根の裏にあった小屋の解体寸前に救出されたのが、かつてこののこぎり屋根の下で織られたリボン、そして、ヨーロッパから取り寄せたと思われる美しいリボンの見本帳や、染め、織機などの専門的な洋書の類でした。
 のこぎり屋根が元々はリボン工場だった、ということは地域雑誌『谷中根津千駄木』(通称 谷根千)にも証言が残されていますが、その物証が発見されたのです。現在はのこぎり屋根一部のトラス(三角部分の部材)とともに谷中ののこぎり屋根の証として谷中のこ屋根会が保管なさっています。

 時は明治、断髪令が発布され髷を落とした殿方は、心もとない頭に帽子をかぶりはじめます。確かにその頃の写真をみると、和装はそのままでも、頭には帽子をキメていますよね。鎖国の江戸から開国明治、文明開化。西洋からは見たこともないハイカラが一気に押し寄せ、興せ興せ殖産興業の時代が到来したわけです。今のようにスキマを探すのではなくて、何をやっても初めてなのです。うらやましいような時代ですね。殿方の帽子も漏れなく、そして帽子に巻かれているグログランリボンも、それまでの日本にはないものでした。

 話を谷中に戻します。谷中のこ屋根会の山﨑範子さん、権上かおるさん、菊池京子さんが中心となって調査をすすめるうちに、1894年(明治27年)、白木屋の支配人岩橋謹二郎が「岩橋リボン製織所」として、こののこぎり屋根を建てたことが判明しました。ドイツから14台もの巨大な多条式動力織機を輸入して創業したこのリボン工場こそ、どうやら日本で初めてリボンを織った工場ではないかということがわかってきたのです。

 救出された文献・資料の中からは、「S.R.WATANABE」と箔押しされた肉筆ノートが発見されます。渡辺財閥の御曹司である渡辺四郎(1880-1921)のノートだったのです。乱れずに並ぶ几帳面な文字、化学式、機械の仕組図、集められた大量のフランスリボンの見本の蒐集からも、とても研究熱心な人だったことがうかがえます。
 明治の谷中が、100年近くの眠りから覚めて、まるで話しかけてきてくれたみたいではないですか!
 岩橋リボンが買収などにより「東京リボン製織所」「千代田リボン製織」と変遷していくなかで、四郎は千代田リボンの社長を任され、1910年(明治43年)にはリボン研究のため渡仏もしています。リボンの見本や、一部の洋書はこの時に集めてきたものなのでした。
 ちなみに四郎さん、渡辺治右衛門の御曹司でありながら、会社を経営することよりは趣味を極めた面もあり、鉄道に詳しい人々にとっては、一流カメラマン小川一真とともに草創期の日本の鉄道記録写真を残した人として有名なのだそうです。

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 9月の展示は、その四郎さんが遺してくれたこれらの貴重なコレクションのお披露目となりました。
 一見リボン(織物)とは思えないような、アイルランド民謡「夏の名残の薔薇」(日本の唱歌「庭の千草」)の楽譜や歌詞が織り込まれブックマーカー、「ヘンゼルとグレーテル」が織り込まれた写真のように精密な絵柄、きらびやかなエッフェル塔に気球が浮かぶパリ万博を思わせる幅広リボン、などなど、誰もが息を飲んでしまうフランスの美しいリボン見本。
 一方、日本の千代田リボン製と思われる見本帳には、時局がうかがえる旭日旗や戦闘機の柄や、三越の織りネーム、勲章に使われたであろうリボン、帽子のグログランも、変わり織りやモダンな配色バリエーション、愛らしい小花柄など、惜しみない努力と挑戦がうかがえ、いつまでも見飽きません。
 そして原書の専門書は、個人の収集としては日本で最大規模ではないかとのご意見もありました。なかでも緑色の表紙に金天のテレーズ・ドゥ・デイルモンの『DMC手芸百科事典』は注目の的でした。

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 はじめにも書いたようにリボン類、文献類の整理・保管は、現在、谷中のこ屋根会がなさっています。建物の保存運動のはずが思いがけない貴重な資料の出現により、「リボンも織物も機械も全然専門じゃないのよ~」と仰りながら、見本帳を携えては各地の織物産地を訪ね、のこぎり屋根裏の事務所棟の戸棚に眠っていた資料がどれほど貴重なものかをわかりやすく見られるようにしてくださいました。これらのもの、ふつうだったら博物館や資料館のガラスケースの向こうに収まっているものだと思います。それらを、寄付や会発行の冊子類の売上げが多少はあったとしても、高価な保存用の資材の調達、遠方への交通費、修理など持ち出しの方が多く、また資料保存に環境を整えるには、個人レベルでの保管には限界があります。

 9月に当店で展示をさせていただいたのは、資料の全貌が見えてきた時点で、町の方々に貴重な存在、誇れる歴史を知っていただくことと、その保存先を探すことが大きな目的でした。
 保存という名の死蔵ではなく、できるだけこの町に近く、町の人々に身近な存在として保存されることが望ましく、それには、おそらく未踏と思われるリボン=細幅織物(装飾リボンの他に、先ほど挙げたような洋服の首の後ろについている織りネーム、畳の縁、パラシュートのストラップ、カメラフィルムの口のけばけばしたテレンプなどなど、汎用性はとめどなく広がりがありそうです。)の研究を始めてくださる若い人が現れてくれること!が一番です。
 あと、そうです。トラスもあります。こちらも併せて、が会のみなさんの夢ですが、ご近所でトラスだけ、活かします、というのも相談の余地はありそうです。(2017.5.26 年号など一部訂正しました。)

 で、もう一度、5月21日(日)と、22日(月)に、見本帳、文献類の内覧会が開かれます。(トラスはありません。)
 時間帯が限られますので、http://nokoyane.com/archives/586 にてご確認ください。
 また、ご入場にの際は、のこぎり屋根部材、資料、リボンの保存修復協力金(および会場の島薗家住宅維持協力金を含む)として一口 1,000円以上をお願いします。カンパもぜひ。

 資料の一覧PDFはこちらをご覧ください。http://nokoyane.com/yanaka-ribbon/booklist